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  • 新田裕子弁護士のシンガポールレポート

    2015/01/09

    Charlie Hebdo社襲撃事件

    1月7日、パリのCharlie Hebdo社が襲撃されるという事件が起こりました。
    フランス史上まれにみる凄惨な事件だったこと、表現の自由への明らかな侵害であったことなどから、世界中がショックに包まれ、わたしも怒りと悲しい気持ちで、事件以降毎日朝晩テレビの前を離れることができませんでした。

    この事件の悲惨さをシンガポール人に話したところ、もちろん殺人は許されるべきではないということは大前提としながらも「描いた方も悪い」という意見がちらほら聞かれました。私は正直驚きました。

    シンガポールでは、表現の自由は憲法上保障されているものの、あくまで限定つきで、公の場での宗教への批判は許されません。これは、シンガポールが、中国系(仏教が中心で国民の約75%を占める)・マレー系(イスラム教が中心で約13%を占める)・インド系(ヒンズー教が中心で約9%を占める)の住民を寄せ集めてできた国であるという歴史的背景を踏まえ、異なる宗教が共生するためにできたルールです。

    「描いた方も悪い」という意見は、異なる宗教が共生していく上では宗教批判という表現の自由は制限されるべき、というマインドから生まれるものと思われます。

    フランスにはフランスの歴史やそこから生まれた法律があり、シンガポールの考え方をそのまま適用することはできません。実際、過去にCharlie Hebdo社が宗教を侮辱しているなどとして訴えられた際も、フランスの裁判所は、表現の自由が優越するとして訴えを退けました。宗教の批判も含め、表現の自由が広く保障されているフランスにおいては、今回の事件が表現の自由に対する暴力であることは間違いありません。フランス同様に表現の自由を広く保障している日本で育った自分にとっても、今回の事件は表現の自由に対する許されない暴力と映りました。

    ただ、一度立ち止まり、アジア諸国を見てみると、シンガポールのように表現の自由の範囲を制限しても宗教間のハーモニーを保とうとしている国もあることに気づかされます。

    表現の自由は民主主義の基礎となる大変重要な概念で、その制限は極めて慎重に行うべきものです。他方、グローバル化が進む昨今、一つの国内に異なる宗教を信仰する人が存在することは一切珍しくなく、調和を図る術が必要です。宗教の共生と表現の自由のバランスをどうとるべきなのか、全世界の人が考えるべき時にきていると思います。

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