1 はじめに
国際調停とは、紛争当事者が第三者である調停人を選び、調停人を介した話し合いにより、国際紛争を解決する手続きです。日本で調停というと、離婚や相続などの家事調停を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、国際調停は、主に国際的なビジネス紛争を解決するために用いられます。私は、2022年よりシンガポールに所在するシンガポール国際調停センター(以下「SIMC」といいます。)の日本代表として、日本におけるプロモーション活動を中心にSIMCの業務に関与させていただいているので、今回はその経験も踏まえ、国際調停についてご紹介します。
2 国際調停の進め方
(1)機関
国際調停の多くは、裁判所ではなく、国際調停の専門機関で行われます。世界には様々な国際調停機関がありますが、アジアの代表的な国際調停機関は、上述のSIMC、香港国際仲裁センター(HKIAC)、日本の京都国際調停センター(JIMC)などです。SIMCは、年間70件以上の案件を取り扱っており、持ち込まれる案件の分野は、売買、建設、知財など多種多様で、係争額についても、1件数十万ドルから数十億ドル(約数千万円から数千億円)まで様々な規模があります。興味深いのは、例えば米国企業と韓国企業の間の、韓国における取引で生じた紛争の解決のために、SIMCが用いられるなど、当事者や取引の内容がシンガポールと関係のない案件が大半であることです。これは、SIMCの中立性、効率性、清廉性などが、世界各国の企業やその代理人に評価していただけているからであると考えています。
(2)方法
国際調停の多くは、促進型(Facilitative)という調停方法を用います。これは、日本の裁判所で行うような、評価型(Evaluative)の調停方法とは全く別の方法です。
評価型(Evaluative)の調停においては、当事者の主張を調停人が評価し、場合によっては、裁判等になった場合の結果予想等を示し、当事者を和解に導きます。例えば、交通事故の事案で、一方当事者が過失割合6割、他方当事者が過失割合2割を主張しているとしましょう。このとき、調停人は、過失割合は4割程度ではないかという自己の見解を示し、当事者にそれを目安に和解ができないか検討を促します。
これに対して、促進型(Facilitative)の調停では、調停人は、当事者の主張を評価せず、裁判等になった場合の結果予想を示すこともありません。調停人は、あくまで、当事者のコミュニケーションを手助けし、双方に共通するビジネス上の利益に気付かせるなど、当事者自身が問題を解決できるよう導きます。
促進型(Facilitative)の調停は、日本の裁判所における調停などではあまり用いられることはありませんが、実は、ビジネスに極めて親和性が高く、企業の方からするとむしろしっくりくる方法なのではないかと思います。企業の方は、日頃から、どうしたら自社と取引先がwin-winの関係になるようにプロジェクトを進められるか、自社の利益も主張しながら、相手の立場にも理解を示し、工夫を凝らした提案・交渉を行っていらっしゃると思います。これは、まさに国際調停で行われている話し合いそのものです。過去に何があったか、どちらの当事者が悪かったか、という過去の出来事を法律という物差しで評価するのではなく、当事者にとって重要なビジネス上の利益は何か、どのようにこの問題を解決すれば当事者の将来の利益につながるのかなど、将来に向かっての解決策を主にビジネスの視点から話し合うのが促進型(Facilitative)の調停です。
(3)without prejudice
国際調停のキーワードとして「without prejudice」があります。これは、調停が不成立になったとしても、調停中に交わされた内容を後の仲裁や裁判で利用することはできないというルールをいいます。このルールの趣旨は、調停の際に、当事者が、その発言や提案を後から仲裁や裁判で自己に不利に扱われる可能性を心配せずに自由かつ正直に話ができるようにし、ひいては調停を成功に導くことです。あまり聞きなれない言葉かもしれませんが、国際調停においては重要な概念です。
なお、関連する事柄として、日本では、裁判所の調停における裁判官と、その後の裁判における裁判官が同一人物ということもあり得ますが、国際調停においては、調停人と仲裁や裁判等の判断者は別の者とすることが原則です。これも、当事者が調停人に対し、自己に不利な事柄も含め、オープンに話ができる環境を整え、ひいては調停を成功に導くためです。
(4)時間
SIMCでは、通常、国際調停の申立て後1か月以内に期日が入り、期日は原則1日で終了します。つまり、この1日のうちに話し合いをまとめます。これは、数年間かかることも珍しくない国際訴訟、国際仲裁と比較して圧倒的に早いといえます。
(5)費用
国際調停にかかる費用は利用する調停機関と依頼する弁護士により異なります。調停機関にかかる費用は、SIMCの場合には、調停人の選任(1名の場合)、調停場所の予約と軽食の手配、案件管理費用などを含め、おおよそ6000ドル(約60万円)程度です。弁護士費用は依頼する弁護士により異なりますが、国際調停は解決までに要する期間が短いため、弁護士の作業時間を圧縮することが可能で、国際訴訟や国際仲裁と比較すると、安価に抑えられることが多いといえます。国際調停は弁護士にとってよいビジネスではないと言われることまでありますが、コストを抑えた紛争解決がクライアントにとって望ましいことは言うまでもありません。
(6)言語
国際調停を行う言語は当事者が選ぶことができます。調停はなるべく日本語で行いたいという企業の方には、SIMCと日本の京都国際調停センター(JIMC)が共同で実施している、JIMC-SIMC Joint Covid-19 Protocolを利用することもお勧めです。このプロトコルは、JIMCとSIMCが共同で国際調停手続きを管理し、原則としてフル・オンラインで調停手続きを行うものです。このプロトコルのもとでは、国籍の異なる2人の共同調停人を選任することができます。実際に、日本企業とインド企業の間の紛争において、日本企業が日本人の調停人を、インド企業がインド系シンガポール人の調停人を選任し、和解に至った案件があります。このプロトコルを用いれば、日本の当事者は日本人の調停人に対し、日本語でニュアンスも含めた自社の意見を伝えることができ、また、日本の文化・慣習を十分に理解した調停人に調停を任せることができるという安心感も得られます。
3 国際調停の成功率
SIMCにおいては、国際調停の成功率は7~8割と、かなり高い割合となっています。もっとも、これは簡単なことではなく、十分な技能と人間性を備えた調停人と、当事者のビジネスと調停の趣旨を十分に理解した代理人の存在があってこそ、達成できているものと考えます。調停人は、当事者の信頼を得られる人間性を備え、本質的な問題や解決を阻む障害を理解し、当事者自らがこれを解決できるよう導く能力が必要です。代理人は、クライアントのビジネスを十分に理解し、クライアントの利益を主張しつつ相手の立場にも配慮し、創意工夫のある解決策を提示することが求められます。このために、SIMCでは、認定を受けた調停人のリストを準備すると共に、調停人及び代理人に対するトレーニングも積極的に行っています。
なお、国際調停が成功しなかった場合でも、当事者からは調停を行ってよかったという声をいただくことが多くあります。これは、調停に、自社のビジネス上の立場を相手に説明できる、相手のビジネス上の関心事や懸念点を理解できる、本質的な問題点を整理できるなど、結果以外のメリットもあるためです。国際調停にかかる時間や費用は大きくないため、得られるものの大きさに比べ、失うものは少ないともいえると思います。
4 調停合意の執行
国際調停において形成された合意は、シンガポール調停条約に基づき、条約加盟国において強制執行することが可能です。日本はまだ同条約に加盟していませんが、早期の加盟、国会承認を目指すとされており、これに伴う国内法の整備も進めています。なお、本記事を執筆した時点で、SIMCが把握している限り、シンガポール条約に基づき強制執行がなされたケースはありません。調停合意は、第三者により下される判決などと異なり、当事者が任意に結ぶものであるため、強制執行が必要となる場面は、裁判や仲裁と比較するとその性質上少ないといえるかもしれません。もっとも、SIMCでは、シンガポール調停条約が発効した後、大きく利用件数が伸びた経緯があり、条約の存在は当事者にとってやはり大きな安心材料になっている可能性はあると考えます。
5 中小企業へのメリット
国際紛争を効率よく解決したいというニーズは、企業規模を問わず共通のものですが、むしろ中小企業の方が、かけられる労力や費用の制限から、効率の良い紛争解決方法を見つける必要性が高いといえます。国際調停は、一見すると、難しそうであったり、敷居が高いように思うこともあるかもしれませんが、実際は、時間やコストを節約できる、中小企業の国際取引紛争解決ツールとして非常に有用なものです。
中小企業を取り巻く紛争解決環境は近年大きく変化しています。一昔前は、紛争解決といえば裁判でした。その後、大企業を中心に国際取引においては国際仲裁が多く利用されるようになり、今では中小企業であっても、国際取引の契約書には国際仲裁条項を入れることが当たり前になりました。国際調停もその認知度を世界中で高めており、今後は中小企業も含め、益々利用が盛んになると思います。日本の中小企業の方は、国際調停を、自社も使えるツールとしてご理解いただければと思います。私も、中小企業法務に携わる弁護士として、またSIMCに関わる一員として、これからも有益な情報提供ができるよう努めていきたいと思います。