コラムcolumn

2023/10/19

中小企業におけるM&Aの現状と売り手側・買い手側から見たポイント

はじめに

 近年、経営者の高齢化、後継者不在等を原因として、休廃業や解散をする事業者が増加しています。こうした流れへの対応の一つとして、事業承継の動きが活発化しています。事業承継税制や補助金の拡充もこれを後押ししています。
 M&Aは、こうした事業承継の手段として行われるほか、企業規模の拡大や事業の多角化などの目的でも行われています。
 今回は、中小企業におけるM&Aの現状と、売り手側・買い手側から見たポイントについてご紹介します

第1 中小企業におけるM&Aの現状等

1 M&A件数の推移等
 M&Aの件数(公表されているもの)は、2022年に過去最多の4304件となりました。2011年に1687件、2017年に3050件でしたので、増加傾向にあります(2023年版中小企業白書・小規模企業白書内(株)レコフデータ調べ)。

2 買い手側におけるM&Aの目的と現状
(1)M&Aの目的類型
 一般に、M&A目的類型は、水平結合、垂直結合、多角化、業態等の転換の4つがあるとされています。
 ア 水平結合
 買い手と同じポジションの企業を対象とするM&A。市場シェアの拡大や事業エリアの拡大等を目的とする場合が多いといえます。
 イ 垂直結合
 買い手から見て、流通元(原材料・部品等の製造元)や流通先(代理店、販売店等)の企業を対象とするM&A。サプライチェーンの維持のほか、事業の効率化やコスト削減等を目的とする場合が多いといえます。
 ウ 多角化
 買い手の扱う事業と関連性の少ない事業を行う企業を対象とするM&A。事業リスクの分散や売上の確保等を目的とする場合が多いといえます。
 エ 業態等の転換
 買い手のこれまでの業種・業態から、対象となる企業(売り手)の業種・業態に移行するM&A。産業構造が変わり、既存の業態が縮小していく場合等に行われることがあります。
(2)近時の傾向
 買い手としてM&Aに関心がある企業にM&Aの目的についての調査結果(複数回答可)では、「売上・市場シェア拡大」が74.6%と最も多く、次いで「人材の獲得」が54.8%、「新事業展開・異業種への参入」が46.9%と続いています(2023年版中小企業白書・小規模企業白書(株)帝国データバンク「中小企業の事業承継・M&Aに関する調査」より)。
 買い手側企業は、水平結合や垂直結合、事業の多角化のほか、人材獲得の手段として、M&Aを捉えている企業が多くあることがわかります。
(3)M&Aを実施する際の障壁
 一方で、M&Aをする際の障壁についての調査結果(複数回答可)では、「相手先従業員からの理解が得られるか不安がある」が51.6%と最も多く、次いで「判断材料としての情報が不足している」が35.7%、「期待する効果が得られるかよくわからない」が34.6%となっています(2023年版中小企業白書・小規模企業白書(株)帝国データバンク「中小企業の事業承継・M&Aに関する調査」より)。
 相手先従業員からの理解や、期待する効果が得られるか、といった点は、M&A成立後の統合(PMI)という観点で、近時、特に重視されてきています。この点は、後述の「買い手側から見たM&Aのポイント」で触れます。
 売り手側の情報不足については、中小企業では必要な書類が完全には揃わないケースも多くあり、この点がM&A実施の障壁となっています。

第2 売り手側・買い手側から見たM&Aのポイント

1 売り手側から見たM&Aのポイント
(1)売り手側から見たM&Aのゴールは、「クロージング」です。
 クロージングまでのM&Aの基本的な流れについては、当事務所のコラム「中小企業のためのM&Aのイロハ」(2022年10月19日・新田裕子弁護士執筆)で解説しています。
 クロージングのほかには、M&Aの最終契約書には通常「表明保証」条項があります。これは、当該表明保証した内容が真実であることを約束するとともに、表明保証条項に違反した場合のペナルティが定められます。
 このため、クロージング後であっても、表明保証したことが事実でないと判明した場合、売り手側に責任が生じる場合があり、表明保証条項は極めて重要な条項です。最終契約書締結前に内容を十分に確認し、事後に表明保証条項に違反することが無いよう、懸念事項等は買い手側との間での情報共有や条項修正の協議等をしてく必要があります。
(2)最終契約書等の契約書サンプルについては、「中小M&Aガイドライン(第2版)-第三者への円滑な事業引継ぎに向けて-」(2023年9月、中小企業庁)の参考資料などで示されています。これらを参考としながら、事案に応じたアレンジをすることが適当です。

2 買い手側から見たM&Aのポイント
(1)買い手側から見た場合、売り手側とは異なり、クロージングは必ずしもゴールではありません。当たり前のことですが、M&Aの買収対価は株主等のオーナーに支払われるものであって、M&Aの対象企業には一切支払われていません。クロージング後、対象企業が成長し、利益を生じさせるなどすること、すなわちM&A後の統合のフェーズが最も重要となります。
(2)M&A後の統合については、PMI(Post Merger Integrationの頭文字を取ったもの。「主にM&A成立後に行われる統合に向けた作業であり、M&Aの目的を実現させ、統合の効果を最大化するために必要なもの」とされています。)と呼ばれ、近時、重視されています。
 このPMIに関し、中小企業庁は、2022年3月に「中小PMIガイドライン~中小M&Aを成功に導くために~」を公表しました。
 このガイドラインでは、①M&A成立までを“プレ”PMI、②M&A成立後から一定期間(1年程度)における取組みをPMI、③その後の継続する取組みを“ポスト”PMIと位置付けています。
 M&Aの成立までの段階はPMIの前段階となっており、売り手の選別や企業価値の評価、デューデリジェンス、最終契約書締結といったそれぞれの段階で、その後のPMIに向けた見通しを立て、準備をする段階としています。
(3)以上の通り、買い手側としては、M&A成立後を見据えた対応が重要となりますが、M&Aの際に交わす各種の契約書も、もちろん重要です。
 ここでは、最も重要な最終契約書の注意点について少しだけ触れます。
 最終契約書では、①クロージングの前提条件、②売り手側の表明保証、③クロージングまでの売り手側の誓約事項、④実行後の売り手側の義務、⑤補償条項等が重要となります。①、③はM&Aを成立させる上で、②、④、⑤はM&A成立後のリスクの確認やリスクヘッジ、PMIの成否にかかわる点で重要となります。

第3 最後に

 中小企業におけるM&Aは件数も増加しており、基本的には今後も増加傾向は続くものと見込まれます。
 一方で、売り手側・買い手側それぞれの立場でM&Aに興味・関心があっても、中身がわからないと、なかなか一歩目を踏み出しにくいのではないかと思います。
 今回ご紹介した通り、近時、中小企業庁が売り手側・買い手側それぞれに向けたM&Aのガイドラインを新たに公表・改訂するなどしており、情報が充実してきています。
 一方、実際にM&Aを進めていく上では、ガイドライン等だけでは解決できない、それぞれの事案の特性に応じた法的な検討が必要となる場面も多くあります。M&Aをご検討される際は、ぜひ弁護士等の専門家にご相談ください。