はじめに
近時、公正取引委員会が、大企業の系列会社に対して下請法違反に関する指摘をしたといった事例が報道されるなどしています。
下請法は一定の要件に当てはまる親事業者を規制対象としていますので、発注者側(親事業者)として、下請法の適用の有無や適用を受ける場合の遵守事項を理解することは重要です。
一方、受注者側(下請事業者)としても、下請法を理解することで、自社の取引が下請法の保護対象となるか、下請法違反となる不利な受注を自社が受けていないか、などを確認することができます。
今回は、事業者が知っておきたい下請法の基礎知識をご紹介します。
第1 下請法の概要
1 下請法とは
下請法の正式名称は「下請代金支払遅延等防止法」といいます。
下請法は、親事業者と下請事業者との間の取引を公正にし、下請事業者の利益を保護することを目的としています。
2 下請法の特徴
下請法の主な特徴は、以下の通りです。
(1)適用対象の画一性
下請法の適用対象は、①取引の内容と②資本金の区分により、画一的に定まっています。
会社の資本金は商業登記で確認できることから、事業者は、自らが行っている取引が下請法の適用を受けるか否かを明確に判断
できます。
(2)取引関係の明確化
口頭の取引や慣習による取引では、後でトラブルになった場合、どのような合意があったのか(なかったのか)、どちらがどのよ
うな責任を負うのか、などを確認することが困難となります。
下請法では、こうした弊害を避け、取引関係が明確になるよう、所定の事項を盛り込んだ書面の交付義務、書類の作成・保存
義務が定められています。
(3)遵守事項の列挙
下請法では、規制を受ける親事業者において、交付義務のある書面や作成・保存する義務がある書類の必要的記載事項や、
親事業者が行ってはならないこと(禁止事項)が、列挙されており、何を遵守しなければならないかが明確に示されています。
(4)監視体制の強化
下請法では、行政により随時監視が行われるとともに、親事業者に自主的な是正を促す勧告制度が採用されています。
第2 下請法の適用対象
下請法の適用対象は画一的に決められており、具体的には、①取引の内容と、②資本金の区分、で決まります。
1 「①取引の内容」について
(1)下請法の適用対象となる取引は、次のアからエです。
ア 物品の製造
物品の販売・製造を請け負っている事業者が、規格等を指定して、他の事業者に物品の製造や加工などを委託することをいいま
す。
イ 物品の修理
物品の修理を請け負っている事業者がその修理を他の事業者に委託したり、自社で使用する物品を自社で修理したりする場合
に、その修理の一部を他の事業者に委託することをいいます。
ウ 情報成果物の作成
情報成果物(ソフトウェア、映像コンテンツ、各種デザインなど、設計・デザインに係わる製作物全般を含んでいます。)の提
供・作成を行う事業者が、他の事業者にその作成作業を委託することをいいます。
エ 役務の提供
各種サービス(運送・物品の倉庫保管・情報処理、ビルや機械のメンテナンス、コールセンター業務などの顧客サービス代行な
ど)を行う事業者が、請け負った役務の提供を他の事業者に委託することをいいます。
(2)上記(1)アからエの取引は、次の2つに区分されます。
【委託取引①】
(ア)物品の製造
(イ)物品の修理
(ウ)「情報成果物の作成」の内、プログラムの作成
(エ)「役務の提供」の内、運送・物品の倉庫保管・情報処理
【委託取引②】
(ウ)「情報成果物の作成」の内、プログラムの作成以外
(エ)「役務の提供」の内、運送・物品の倉庫保管・情報処理以外
2 「②資本金の区分」について
委託取引の種類別に、次の通り、資本金の額で判断します。
いずれも、親事業者の資本金は1千万1円以上であり、資本金が1千万円以下の事業者は、下請法で規制対象となる「親事業者」
には当たりません。
(1)【委託取引①】
次の場合に、下請法が適用されます。
ア 親事業者が「資本金3億1円以上」の場合に、「資本金3億円以下」の会社・個人事業主に対し、
【委託取引①】を発注する場合
イ 親事業者が「資本金1千万1円~3億円」の場合に、「資本金1千万円以下」の会社・個人事業主に対し、
【委託取引①】を発注する場合
(2)【委託取引②】
次の場合に、下請法が適用されます。
ア 親事業者が「資本金5千万1円以上」の場合に、「資本金5千万円以下」の会社・個人事業主に対し、
【委託取引②】を発注する場合
イ 親事業者が「資本金が1千万1円~5千万円」の場合に、「資本金1千万円以下」の会社・個人事業主に対し、
【委託取引②】を発注する場合
第3 親事業者の義務
1 書面の交付義務(3条書面)
親事業者は、下請法の適用対象となる取引をしようとするときは、下請事業者に対し、3条書面と呼ばれる書面を交付する義務を
負います。
3条書面の必要的記載事項は、次の①~⑫です。
① 親事業者及び下請事業者の名称
② 発注年月日
③ 発注内容(物品、数量等)
④ 納入期日(役務提供の場合は、期日又は期間)
⑤ 納入場所
⑥ (給付の内容を検査する場合)検査完了期日
⑦ 下請代金の額(算定方法も可)
⑧ 下請代金の支払期日
⑨ (手形による支払の場合)手形の金額、手形の満期
⑩ (一括決済方式による支払の場合)金融機関名、決済期日等
⑪ (電子記録債権による支払いの場合)額、決済期日等
⑫ (原材料を有償支給する場合)品名、数量、対価、決済方法等
2 書類の作成・保存義務(5条書類)
親事業者は、下請法の適用対象となる取引を下請事業者としたときは、「5条書類」と呼ばれる書類を作成し、取引終了から2年間
保存する義務を負います。5条書類の必要的記載事項は、次の①~⑰です。
① 下請事業者の名称
② 発注年月日
③ 発注内容(物品、数量等)
④ 納入期日(役務提供の場合は、期日又は期間)
⑤ 受領した給付の内容・給付を受領した日
⑥ (検査をした場合)検査完了期日、検査結果、検査不合格時の取扱い
⑦ (給付の内容について、変更・やり直しをさせた場合)内容、理由
⑧ 下請代金の額(算定方法も可)
⑨ 下請代金の支払期日
⑩ (下請代金を変更した場合)増減額、理由
⑪ 支払った下請代金の額、支払日、支払手段
⑫ (手形による支払の場合)手形の金額、交付日、満期日
⑬ (一括決済方式による支払の場合)金融機関名、決済期日等
⑭ (電子記録債権による支払いの場合)額、決済期日等
⑮ (原材料を有償支給している場合)品名、数量、対価、決済方法等
⑯ (下請代金の一部を支払い又は原材料等の対価を控除した場合)下請代金の残額
⑰ (遅延利息を支払った場合)額、支払日
3 下請代金の支払時期を定める義務
(1)下請代金の支払期日について、親事業者が下請事業者の給付を受領した後60日以内で、かつ、できる限り短い期間内になる
ように支払期日を定めることが、親事業者に義務付けられています。
(2)従前、公正取引委員会は、手形を下請代金の支払手段として用いる場合の手形期間の指導基準を「繊維業は90日、その他の
業種は120日」としていました。
しかし、公正取引委員会は、令和6年4月30日、上記の指導基準を見直して「業種を問わず60日」と改めました。
4 遅延利息支払義務
下請代金の支払遅延があった場合、親事業者には遅延利息(年率14.6%)の支払が義務付けられています。
第4 親事業者の禁止事項
親事業者の禁止事項は、次の1~11が列挙されています。
1 受領拒否
下請事業者に責任がないのに、発注した物品等を受け取らないこと。
2 下請代金の支払遅延
支払日(物品等の受領日から最長60日)までに、下請代金を支払わないこと。
3 下請代金の減額
下請事業者に責任がないのに、発注時に決めた下請代金の額を減額すること。
4 不当返品
下請事業者に責任がないのに、発注した物品等を受け取った後に返品すること。
5 買いたたき
下請代金の額を決める際、通常支払われる対価と比べて、著しく低い額を不当に定めること。
6 購入・利用強制
正当な理由がないのに、親事業者が指定する物品・役務を強制して購入・利用させること。
7 報復措置
親事業者が禁止事項を行った場合に、下請事業者がその事実を公正取引委員会等に知らせたことを理由に、取引数量削減、
取引停止などをすること。
8 有償支給材の早期決済
有償支給する原材料等で下請事業者が物品の製造等を行っている場合に、下請事業者に責任がないのに、原材料等が使用された
物品の下請代金の支払日よりも早く、原材料等の代金を支払わせること。
9 割引困難な手形の交付
下請代金を手形で支払う場合、一般の金融機関で割引を受けることが困難な手形を交付すること。
10 不当な経済上の利益の提供要請
自社(親事業者)のために、下請事業者に経済的利益(現金、サービス等)を提供させること。
11 不当な給付内容の変更、やり直し
下請事業者に責任がないのに、費用を負担せずに、発注の取消し・内容変更・やり直しをさせること。
第5 違反に対するペナルティ等
公正取引委員会及び中小企業庁には、親事業者・下請事業者に対し下請取引に関する報告をさせる報告命令や、事務所等への立入検査が認められています。
また、公正取引委員会は、親事業者が禁止行為を行っている場合、原状回復・再発防止をするよう親事業者に対する勧告をし、違反事実・勧告の概要を公表しています。
さらに、親事業者が下請法の義務に違反した場合、違反内容により、会社と個人がそれぞれ50万円以下の罰金が科されることがあります。
第6 最後に
下請法は画一的なルールですので、親事業者が下請法の適用を受けるか否か、の判断自体は客観的に明らかとなります。
遵守事項については、公正取引委員会がホームページにパンフレットや解説を掲載しており、何をしなければならないのか、してはならないかの具体例が示されています。
親事業者となる事業者は、会社内の業務・取引関係の点検・見直しを行い、下請法の適用を受ける取引について規程・書式・マニュアルを作成し、研修等を通じて役職員に周知徹底すること等が有用です。
下請事業者となる事業者は、各取引先との間で下請法が適用されるかを確認し、適用される場合には交付される書面に所定の事項が記載されているか、下請法に反する不利な扱いがされていないか等を確認することで、不利益を解消できる場合があります。
この機会に、発注をする側(親事業者)も、受注をする側(下請事業者)も、下請法の適用があるか、下請法に沿った運用がなされているか、について確認してみてはいかがでしょうか。
お困りの点や、お悩みの点がある場合は、弁護士にご相談ください。