コラムcolumn

2024/12/12

いわゆる固定残業代の問題点について

第1 はじめに

 近時、残業代に関する規制が強くなっております。そのような状況下で、いわゆる固定残業代の制度を採用している会社も一定程度あると思います。
 本稿では、固定残業代の問題点を解説し、対策を検討します。

第2 そもそも固定残業代の制度とは

1 固定残業代とは、あらかじめ給与の中に一定時間分の割増賃金(残業代)を含めて支払う制度です。みなし残業代とも表現されることがあります。この制度を採用すると、実際の残業時間にかかわらず、毎月定額の残業代が支給されます。

2 固定残業代制度には、以下のようなメリットとデメリットがあります。
 ⑴ メリット

① 従業員の月々の残業代や社会保険料、所得税等を逐一計算する労力が軽減される。
② 毎月の人件費を把握しやすくなるため、資金繰り計画を立てやすくなる。
③ 従業員としても、一定の残業代が支給されることにより、収入がより安定する。
④ 定時で帰っても既定の時間内で残業しても支払われる給与が同じであることから、テキパキと仕事をしようとする気運が高まり、業務効率が上がることが期待できる。


 ⑵ デメリット

① 残業が発生しなくても固定残業代を支払わなければならない。
② 固定残業代の制度を導入していても、勤怠管理は行う必要があり、規定された固定残業時間を超える残業があったときには、超過分の残業代を算定して支払う必要がある。
③ 労務管理者が制度を誤解するなどして、正しく運用しないと、違法なサービス残業の発生につながりかねない。
④ 残業代を払っているのだから、残業させるのが当たり前だとの風潮を生む危険がある。


第3 固定残業代の制度が違法となる主な例

 固定残業代の制度は、誤って運用すると違法となる危険もあります。
 以下に主な例を挙げます。

1 基本給が最低賃金を下回っている場合

   固定残業代の制度を採用すると、見かけの給与額を増大させることとなります。しかし、各都道府県ごとに決まっている最低賃金は、固定残業代を控除した基本給で計算しなければなりません。固定残業代を含めて計算することはできませんので、注意が必要です。


2 残業代部分が法定の賃金割増率を下回っている場合

   労働基準法においては、原則として、残業に対して25%以上の割増賃金を支払わなければなりません。固定残業代であっても、この割増率を満たしていない場合は違法です。
 例えば、固定残業代を除いた基本給が1時間当たり1,200円の従業員に対して、月20時間分の固定残業代を支払う場合、残業代は1,200円×1.25×20時間=30,000円となります。これを下回ると違法となるのです。


3 超過分の残業代が支払われていない場合

   上記デメリット②で記載したとおり、規定された固定残業時間を超える残業があったときには、超過分の残業代を算定して支払う必要があります。この支払を怠ると違法となります。
 固定残業代が20時間分である場合、30時間残業したときは、超過した10時間分の残業代を支払わなくてはなりません。


第4 固定残業代の制度をうまく使うために

1 固定残業時間を適切に設定すること

  まず、固定残業時間を適切に設定することです。あまり長時間に設定すると余計な人件費を無駄に支払うこととなります。反対に、短時間過ぎると結局超過分の残業代算定の労力削減につながりません。
 普段の残業の平均時間を参考にして、適切に設定してください。もし、月毎の残業時間の長短があまりに激しいような場合には、固定残業代制度の導入には向かないと思われます。
 なお、昨今、いわゆるライフワークバランスが重視されるようになっており、長時間の残業自体が問題視されることがありますので、ご注意ください。


2 詳細なルールを定めて、そのルールを周知させること

  固定残業代制度について、就業規則等に詳細なルールを定め、それを従業員に周知させることが必要です。
 固定残業代が適用される固定残業時間が何時間であるのか、必ずはっきりとさせなければなりません。この点、従業員によって基本給は異なりますので、固定残業代も当然金額が異なります。算定方法は、給与規程などに定めておいてください。
 また、給与明細には、基本給と峻別して固定残業代と残業時間を明記しておくことも大切です。
 なお、就業規則や給与規程に単語(用語)の意味をきちんと定義しないまま、固定残業代を「管理手当」などの名称で支払うと、固定残業代と認められず、かつ、残業代の計算の際に当該「管理手当」を付加して残業代算定の基礎となる時間給が算定されてしまうこととなって、二重の意味で会社が損失を被ることがありますので、注意してください。


3 適切に勤怠管理を行い、超過分の残業代を必ず支払うこと

  固定残業代の制度を導入しても、超過分の残業代は支払う必要があるため、制度導入後も勤怠管理を適切に行う必要があります。
 そもそも使用者は、従業員の労働時間を適切に把握する法的義務があります。国が策定したガイドラインもありますので、必要に応じて参照してください。



 「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」
 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/070614-2.html

4 労務管理者に対する教育・研修を行うこと

  労務管理者が誤った運用をしないように、教育・研修を行い、正しい運用をすることが肝要です。サービス残業が横行するようなことはあってはなりません。また、「固定残業代を払っているのだから、残業させるのが当たり前だ」という風潮を生まないように注意しましょう。



第5 まとめ

 固定残業代の制度は、正しく運用すれば、労使共に一定のメリットがあります。ただ、本稿で述べたような各問題点に注意する必要があります。
 導入する際には、社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談するなどして、違法とならない制度設計を準備してください。