コラムcolumn

2025/04/17

退職に伴う法律問題とその対応

第1 はじめに

 従業員の退職は、雇用契約を終了させることであり、退職に伴う手続きや対応を誤ると法的なトラブルを引き起こす可能性があります。近年、退職に際して、退職代行業者を利用する従業員も増えており、企業としては、その対応にも留意すべきです。 
 本稿では、従業員の退職に伴う法律問題の内容や、退職代行業者への適切な対応などについて解説します。

第2 退職に関する基本的ルール

1 退職とは
   
 退職とは、企業が一方的に雇用契約を終了させる「解雇」以外で、雇用契約を終了させることをいいます。
 従業員が退職を希望する場合、企業と従業員の合意によって雇用契約を終了させることを「合意退職」、従業員が一方的に雇用契約を終了させることを「辞職」といいます。
 その他、一定の事由が発生したことにより雇用契約が終了する「自然退職」、就業規則に定められている定年年齢に達した場合に雇用契約が終了する「定年退職」といった退職の種類もあります。
 本稿では、法的トラブルになりやすい辞職と合意退職について、解説していきます。

2 退職の意思表示

 雇用期間の定めのない従業員は、2週間の予告期間をおけば、いつでも退職することができます(民法627条1項)。
 退職の意思表示の伝達方法は、法律で定められていないため、書面ではなく、口頭やメールといった方法でも可能であり、それらによる退職の意思表示も有効です。
 しかし、退職の意思表示は、雇用契約を終了させるという重要な効力を生じさせます。このため、従業員が退職の意思表示をしたか否か争いになった場合に備え、退職届に本人の署名捺印をもらっておくことが望ましく、就業規則にもそのように定めておくことが一般的です。
 退職届の書式や記載内容についても、法律で定められてはいないため、従業員本人が退職する旨、退職日、退職届の作成日が記載され、本人の署名捺印があれば、問題はありません。
 企業としては、引き継ぎの要否など従業員の希望通り退職を受け入れることが難しいケースも想定されます。そこで、従業員の退職の意思を確認した段階で、退職日について従業員の希望する日で業務の引き継ぎに問題はないかなど、従業員とよく話し合った上で、合意退職とすることが業務上のリスクを軽減させるためには重要です。
 企業として、退職してもらって構わない従業員から退職願が提出された際には、撤回されることを防ぐため、直ちに、退職願を受理し、承諾した旨の通知を従業員宛に交付しておくべきです。
 なお、退職届は、退職する旨の一方的な意思表示であり、企業が受領した以降は、従業員は撤回できないものとされていますが、退職届が提出された場合でも、念のため、受領した旨の通知を従業員宛に交付しておくことがよいでしょう。
  
3 損害賠償請求の可否

 従業員が一方的に退職の意思表示を行い、退職(辞職)したことにより、企業が損害を被った場合、損害賠償を請求できるかといった問題があります。この点については、単に退職したということのみを理由に損害賠償請求することは難しいと考えられています。
 一方、退職の効力が生じるのは、退職の意思表示をしてから2週間の予告期間を経過した後です。このため、「今日、退職します」などと言って、翌日から欠勤するような場合には、正当な理由のない無断欠勤であり、それによって会社に具体的な損害が発生した場合には、損害賠償請求をすることは可能と考えられます。

4 退職時に確認しておくべきこと

(1)退職後の従業員から、企業に対して、突然、未払残業代等の金銭請求がなされることがあります。令和2年4月以降、未払残業代の時効は2年間から3年間に変わり、将来的には5年間になる可能性もあります。これにより、未払残業代も高額化しやすいため、留意する必要があります。
 未払残業代の請求は、企業にとって大きなリスクとなり得るため、退職時には、退職する従業員の未払残業代等がないことも改めて確認した上で、これらの債権債務の不存在についても合意をとりつけておくことができれば望ましいです。



(2)また、退職に際しては、企業の営業秘密や顧客情報などの情報漏洩を防止するため、それらの情報が記載されている書類やデータの返却や消去をすることが大切です。また、併せて、役職や業務内容によっては、守秘義務や競業避止義務について誓約書をとりつけておくべき場合があります。
 しかし、退職の際、従業員が誓約書への署名を拒否するケースは少なくなく、その場合に、誓約書への署名を強制することはできません。
 このような場合に備えて、退職後の守秘義務や競業避止義務についても就業規則に規定しておくことや、入社時の段階で、退職後の守秘義務や競業避止義務を含めた誓約書を取り付けておくことが有用です。


  

(3)その他、従業員から、退職時に、消化できていない有給休暇の買上げを請求されることもあります。
 有給休暇の買上げは、原則として違法ですが、例外的に、退職時に退職により取得できない未消化の有給休暇を買い上げることは認められています。
 もっとも、企業として有給休暇の買上げに応じるべき義務はありませんので、従業員からの請求に応じるかどうかは企業側で判断すれば足ります。


第3 退職代行業者の現状と企業への影響

1 前述したとおり、従業員が退職の意思表示を企業に伝える方法に決まりはないため、近年は、退職代行業者を利用して、退職の意思表示をする従業員が増加しています。


2 退職代行業者とは、従業員が自分で退職の手続きを行うことなく、従業員に代わって退職の処理を行うサービスを提供する事業者のことを指します。
 退職代行業者に弁護士がついており、弁護士が退職の意思表示の代理や退職条件の交渉を行う場合には法的な問題はありません。
 また、従業員が労働組合に加入しており、労働組合の代表者または労働組合の委任を受けた者が組合員のために退職代行を行う場合も問題はありません(労働組合法6条)。
 上記のような場合に該当しない退職代行業者については、業務内容によっては、弁護士法72条に違反している可能性があり、企業は、当該業者からの退職の処理に関する交渉等に応じて良いかという点が問題となります。
 弁護士法72条は、弁護士でない者が、報酬を得る目的で、業務として「法律事務」を行うことを禁止しており、これに違反すると、2年以下の懲役または300万円以下の罰金刑が課されることとなります(同法77条)。  
 同法72条の「法律事務」には、法律上の効果を発生、変更する事項の処理のみではなく、確定した事項を契約書にする行為のように法律上の効果を保全・明確化する事項の処理も含まれると解されており、退職の処理に関する交渉は、「法律事務」に含まれます。


3 そこで、企業は、退職代行業者から連絡があった場合には、以下のとおり対応することが必要です。


(1)適法性の確認
 上記2のとおり、退職代行業者が弁護士や労働組合など適法に退職の処理に関する交渉を行うことができる立場であるのか確認が必要です。
 確認方法としては、ホームページを検索して運営主体を確認するなどの方法がありますが、判断が難しい場合もあるため、弁護士等の専門家に相談することも必要です。


(2)退職代行業者が交渉等の法律事務を行えない場合
 確認の結果、退職代行業者が交渉等の法律事務を行えない場合には、退職の処理に関する交渉を進めることはできませんので、従業員本人から連絡をしてこなければ対応はしない旨を伝え、それ以上対応しないようにすることが重要です。


(3)単に退職の意思を伝えるだけの場合
 退職代行業者が単に「使者」として従業員の退職の意思を伝えるだけの場合には、退職の処理に関する交渉ではなく、退職の意思表示の伝達として有効とされると考えられます。
 しかし、この場合であっても、従業員本人の真意に基づいていることの裏付けを得るため、従業員本人直筆の委任状や退職届の提出を求めることが必要です。


第4 最後に

 退職に関連する法律問題は、企業にとって重要なリスク管理の対象です。従業員が退職する際のトラブルを避けるため、予め就業規則を整えておくなど対策を講じる必要があります。また、従業員が退職代行業者を利用して退職の意思表示を行った場合にも、冷静に対応をすることが大切です。
 従業員の退職に際しては、ケースによって様々な対応が考えられることもあり、企業が方針に迷うことは多くあります。判断に迷う場合には、早めに専門家に相談することで未然にトラブルを回避することが可能です。退職手続に関し問題が生じそうになった際には、当事務所にご相談ください。