コラムcolumn

2026/06/18

地方企業にこそ必要な国際法務 ―地域ビジネスの成長を支える実務の現場から―

1 はじめに

前回のコラムでは、私が宇都宮中央法律事務所において国際業務の立ち上げに携わってから、現在に至るまでの歩みを振り返りました。

国際業務というと、かつては、東京や大阪の大規模法律事務所が扱う業務、あるいは大企業による海外進出や大型の国際取引を想像されることも多かったと思われます。しかし、実際に地方で企業法務に携わっていると、国際業務は、もはや一部の大企業だけのものではなく、地域企業の日常的な事業活動の中に自然な形で入り込んでいることを実感します。

海外企業から契約書が送られてきた。海外の取引先と英語で条件交渉をしている。輸出した商品について品質上の指摘を受けた。海外からの代金支払いが遅れている。外国人材を受け入れるにあたり、社内体制を整えたい。外国企業や外国人投資家との間で、不動産や事業に関する話が進んでいる。海外子会社や関連会社の経営をめぐって、現地の株主、役員、取引先との間で意見対立が生じている。

このような相談は、特別な「海外進出」という言葉で語られる以前に、日々のビジネスの延長線上に生じるものです。そして近年では、その内容も単なる英文契約書のレビューにとどまらず、海外関連会社のガバナンス、現地法に基づく紛争対応、海外ビジネスパートナーとの交渉、国際仲裁・国際調停を見据えた紛争対応など、より高度で複層的なものになっています。

2 地方企業の国際業務は、すでに次の段階に入っている

かつては、地方においては、英文の契約書を読める弁護士がいること自体に、大きな価値があった時代もありました。もちろん、現在でも語学力は国際業務を扱ううえで重要な基礎であることに変わりありません。しかし、地域企業の海外との接点が広がり、案件の内容が高度化・複雑化している現在においては、それだけでは十分ではありません。

現在の課題は、単に英文の契約書を読めるかではなく、その海外との接点を、どのように法的に整理し、企業の成長につなげ、同時にリスクを管理するかです。そのためには、契約実務、現地法、紛争解決、知的財産、労務、ガバナンス、コンプライアンス、さらには現地専門家との協働を含めた、国際業務に関する複合的な視点が必要になります。

地方企業の国際業務は、単なる「英語対応」から、海外事業の運営、紛争予防、紛争解決、ガバナンス支援へと広がっています。地方に所在する企業であっても、直面する法的課題の水準は、都市部の大企業と本質的に異なるものではありません。だからこそ、企業の事業内容と国際的な法的リスクを結びつけて理解し、必要に応じて海外の専門家とも連携しながら、企業が現実的な判断を行えるよう支援できる弁護士の役割が重要になっています。

3 国際取引案件における「設計」の視点

地方企業からの国際業務の相談で多いものの一つに、英文契約書の作成やレビューがあります。ただし、英文契約書は、国際取引法務の入口ではあっても、それだけで完結するものではありません。

「海外企業から英語の契約書が送られてきたので見てほしい」というご相談であっても、実際に検討すべきなのは、英語表現そのものよりも、その契約が取引の実態に即したリスク配分になっているか、将来の紛争を見据えた設計になっているかという点です。

売買契約であれば、国際輸送を前提とした貿易条件、代金の支払時期、検収方法、品質不良があった場合の責任、納期遅延の場合の対応、損害賠償の範囲、契約解除の可否などが問題になります。販売店契約であれば、販売地域、独占権の有無、最低購入量、販売目標、契約終了後の顧客情報や在庫の取扱いなどを確認する必要があります。
また、国際契約では、準拠法や紛争解決条項も非常に重要です。どの国の法律が適用されるのか、紛争が生じた場合にどこの裁判所や仲裁機関で解決するのか、相手方の国で判決や仲裁判断を実際に執行できるのか。これらの条項は、取引が順調なときには意識されにくいものですが、トラブルが発生した後には、解決方法、費用、時間、交渉上の立場を大きく左右します。

さらに、海外関連会社や合弁会社が関係する案件では、契約書の文言だけでなく、株主間の権限配分、役員選任、重要事項の決議要件、資金調達、デッドロック時の対応、株式譲渡制限、情報開示義務、紛争解決方法などを総合的に検討する必要があります。これらは、単に契約条項を整えるというよりも、事業運営そのもののルールを設計する作業に近いものです。

4 国際紛争対応における現地専門家との協働

国際取引や海外事業では、トラブルが発生してから対応しようとすると、国内取引以上に負担が大きくなることがあります。

海外取引先との間で、代金未払い、納期遅延、品質不良、契約解除、独占販売権をめぐる紛争などが生じた場合、言語、法制度、商慣習、距離、時差、費用の問題が一度に発生します。海外関連会社や合弁会社が関係する場合には、これに加えて、現地会社法、株主間契約、取締役の責任、少数株主保護、会計資料へのアクセス、現地裁判所や仲裁機関の利用可能性など、より複雑な問題が生じます。

このような案件では、日本法だけで結論を出すことはできません。現地法の確認が必要となる場合には、海外の法律事務所と連携し、現地法上どのような権利主張が可能か、どの手続を選択すべきか、日本側の依頼者にとって費用対効果のある対応は何かを検討することになります。

その際、日本の弁護士には、単に現地弁護士に対応を依頼するだけではなく、日本側の企業の事業目的、事実関係、交渉上の優先順位、社内の意思決定、費用負担、時間軸を整理し、現地弁護士との間で適切に論点を共有する役割が求められます。現地法の回答をそのまま依頼者に伝えるだけでは、実際の経営判断にはつながりません。現地法上の選択肢を、日本企業の実情に即して翻訳し、どの対応が現実的かを一緒に考えることが重要です。

5 地方企業ならではの国際法務の特徴

地方企業の国際取引では、大企業とは異なる実務上の特徴があります。
大企業であれば、法務部門、海外事業部門、知的財産部門、コンプライアンス部門などが分かれており、それぞれの専門担当者が案件に関与することも少なくありません。しかし、地方企業や中小企業では、経営者や営業担当者が、国内取引と同様に海外企業との交渉を直接進めていることがあります。また、海外関連会社を有していても、現地の状況を日本側で十分に把握できる体制が整っていない場合もあります。
そのため、弁護士に求められる役割も、契約書の文言を確認するだけでは足りません。企業の事業内容、社内体制、担当者の負担、相手方との力関係、代金回収の現実性、今後の取引継続の可能性、海外拠点との情報共有の状況などを踏まえたうえで、実務的に実行可能な助言を行う必要があります。

海外関連会社や現地パートナーとの関係では、法的には権利行使が可能であっても、それを直ちに行うことが事業上望ましいとは限りません。逆に、関係維持を優先しすぎることで、現地での経営権や情報へのアクセス、資産の保全に支障が生じることもあります。

重要なのは、法的に理想的な条項や手続を並べることではなく、その企業の事業判断を支えるために、どこを守り、どこを交渉し、どこを経営判断として受け入れるのかを整理することです。この点に、地方企業に寄り添う国際法務の難しさと重要性があります。

6 おわりに

地方企業の国際業務は、特別なものではありません。海外企業との契約、輸出入、外国人雇用、海外ブランド保護、インバウンド対応、外資との取引、海外関連会社の運営や紛争対応など、地域企業の日常的な事業活動の中に、国際的な法務課題はすでに存在しています。

地方企業の国際業務に携わる弁護士として重要なのは、事業の計画段階、契約交渉の初期段階、海外拠点や現地パートナーとの関係を構築する段階から積極的に事案に関与し、事業の成功を支えようとする姿勢であるように思います。

地方企業には、優れた技術、商品、サービス、観光資源、地域ブランドがあります。それらを国内外に広げ、また海外との関係の中で持続的に成長していくためには、挑戦を後押しする法務体制が必要です。私たちは、地元に根差した視点と国際的な視野の双方を持ち、地域企業が安心して海外との取引、投資、事業運営、紛争解決に取り組めるよう、引き続き支援していきたいと考えています。